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市長と市商工会議所が開発協力声明書に署名 

gogo.mnより(2015.04.16)

ウランバートル投資2015」フォーラムの際に、
開発協力声明書の署名式が行われた。
バトウール市長とウランバートル商工会議所のオド会頭らが署名した。

開発協力声明書の内容は下記の通りである:
モンゴルの社会・経済・ビジネスの中心であるウランバートル市は、
近年急速に発展しているが、人口集中、大気汚染、環境汚染、
住宅、公共交通機関、インフラの不足、
交通渋滞など多数の問題が未解決である。

だが、これらは政府、市役所の予算だけでは解決不可能であることを、
過去が証明している。
市の複雑な問題を乗り越えて進展するには、
市民や国内企業の積極的な参加が重要であり、
更なる発展のために今こそ我々が手を組む時だ。

これに基づき、首都圏の全役所を代表してバトウール市長、
首都圏の経営者、製造者、納税者を代表して
ウランバートル商工会議所のオド会頭が
ウランバートル市開発協力声明書に署名し、
共通の立場を下記の目的、方針で表している:

1. 目的
政府、民間企業の協力に基づきウランバートル市を
ビジネス、投資に快適な環境が整った、安全で衛生的な
生活条件が満たされ、自然環境にやさしい、
地域のビジネス、金融と観光の中心となった
スマートな、親切な、無汚職な首都にすることを目的とする。

2. 協力方針
•ウランバートル市2020年までの開発マスタープラン
および2030年までの開発方針に沿って
マスタープランを官民協力の手法により実施し、
これに関して民間からの提案、活動をできるだけ支援する

•ウランバートル市をビジネス、投資の快適な環境の整った、
製造者、投資家、経営者の法的権利を保護した地域にする

•首都の開発計画、公共投資、購買に関する情報、事業を公開し、
無汚職な環境を作る

•行政サービスを電子化し、質や普及を向上させ、
政府の役割の一部を契約に基き、民間企業、専門委員会、
NGOに実施させる制度を具体化する

•「親切なウランバートル」計画を実施し、
ウランバートル市を地域の観光の中心にすることを
目指す計画とプロジェクトを共同で実施する

•「スマート・ウランバートル」計画の実施により、
あらゆる情報が自由に伝達され、時間を節約した
最新技術に基づいた都市運営の制度を設け、
関連する各決定に民間企業の参加を承認する

•ウランバートル市グリーン開発政策を制定し、
水源、エネルギー、燃料を節約した自然環境に優しい
工業を優先的に実施する

•首都の街路、広場、像、記念碑、学校及び病院の
施設の建設事業に貢献し、社会的責任を果たした
市民・法人を顕彰する

•ウランバートル市民が生まれた街で、健康・安全に暮らし、
働き、満足で豊かな生活環境を整えるため努力する

同声明書及び我々がこれから実行する事業に関して、
全国民、各企業、行政及び非行政機関の皆様の
ご協力とご支援をいただくようお願い申し上げます。

ウランバートル市長  エルデネ・バトウール
ウランバートル商工会議所会頭  ジャンバルジャムツ・オド

原文はこちら

セレンゲ訳
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3月28日から夏時間に移行 

gogo.mnより(2015.3.10)

昨日の閣議で、モンゴル全国の時間を
今月27日から28日に変わる深夜に
夏時間に移行する決定を出した。

(訳注:時計を1時間進める。
3月27日の深夜24時が3月28日の午前1時になる)
訂正します:3月28日の午前2時が午前3時になる)

(中略)

夏時間は9月最後の金曜日から土曜日(訳注:9月25日から26日)に
変わる深夜0時に終了する。

原文はこちら




モンゴルでは以前にも夏時間を導入したことがあるため、
モンゴル国民の皆さんは知っていて当たり前のようですが、
本文中には「時計を1時間進める」など詳しくは書いてくれていませんでした。

要するに、夏時間移行中は日本との時差が無くなります。

モンゴル在住の皆さん、モンゴルへ出張へ来られる皆さんは
お気をつけください。

プージェー藤井

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お正月の風景 

モンゴルでも旧正月が明けました。

このところ重たい話題が続いたので、少し軽めのものを。
原文は長いので、ところどころ省略しています。
(プージェー)



news.mnより(2015.02.24)

モンゴルはお正月(旧正月)を厳粛にお祝いした。

アジアの多くの国が同時にお祝いする大きな祭りの一つは
お正月である。

冬を無事に乗り越えた祭り、春を大歓迎する祭りなどと名づけるが、
旧暦の春の最初の新月を迎え、お祝いする伝統文化は
アジアの多くの国々に伝わってきた。
中国、韓国、香港、インドネシア、フィリピン、台湾、マカオ、マレーシア、
シンガポール、タイなどの各国で祝うが、世界人口の3分の1が
休暇になるという興味深い数字が出た。

モンゴルでは4日間ゆっくりお祝いして春の最初の新月を厳粛に迎えた。
アジアの中でこの祭りを「ツァガーンサル」(白い月という意味)と
名づけるのはモンゴルだけである。

祭日のご馳走はオーツ(羊の腰肉)、へビーンボーブ
(小麦粉にバター、砂糖、塩、水を混ぜて型抜きし、油であげたもの)、
ボーズ(ミンチにした肉を、小麦粉をこねて薄くのばした皮でつつんで蒸したもの)、
バンシ(餃子)で飾り込む。
これは、いつも豊かさで満ちた生活を送ることを願う気持ちが込められている。

第17度目の60年(チベット暦の60年を1単位として数える)の午年が終わり、
未年を大歓迎でお祝いした。
午年の冬は暖かく、無事に乗り越えたが未年の年始には
モンゴル全国で気温が下がり厳しくなった。
朝や夜に「冬にもなかった寒さだ」と現地の人々が言っているが、
ツァガーンサルの暖かい雰囲気を壊さなかった。

馬と羊はモンゴル人が一番大事にする家畜である。
モンゴル人を馬や草原の羊の郡れ無しでは想像が付かない。
だからこそ、送る午年も迎えた未年もモンゴル人にとって幸運、幸に恵まれた。
これからもずっと恵みがあるように祈っている。
地方から都会へ、都会から地方に向かう人々も増えている。
これは祭日が今年多かった上、地方への道路が改善したということだろう。

突然の吹雪のため、ダルハン、セレンゲ、フブスグル、ヘンティー、
ボルガン県への道が渋滞したのは初めてである。
そんな状態でも地方非常事態・道路使用機関の皆のおかげで
訪問者を長く待たせずに済んだ。
祭日2日目の吹雪は、市内の渋滞を地方にまで「移した」が
最新技術、専門家の勤勉のおかげで平静に事態を処理してくれたという人が多かった。
道沿いに多くの塩袋を置いてあり、道沿いの土をならして車線を追加していた。

しかし、地方道に慣れていない初心者の運転手も多かったため
雪溜まりに埋まった、スリップを回避しようとして隣の車を傷つけたなどの事故もあった。
降りて手を貸そうとしたところ道具箱、牽引ロープさえ持っておらず、
それどころか車のどこから引っ張るのかも知らない運転手もいたという。

今年は事故は減らなかったが交通事故死者数は10分の1に減少した。
去年は20人が死亡したが今年は2人死亡した。
それに年々アルコール消費が減っているのは、来客のために並べた酒を見ればわかる。
また、ボーズと餃子の残りも多くなったと主婦たちが言っている。

今年の冬はボーズの凍結に失敗した話はどこでも話題になっていた。
外気温が十分に寒くならなかったため、アパートに住む市民はボーズを凍結できなかった。
そのせいで全部がくっついてしまい、食べることも捨てることもできなかったという話は
ソーシャルネットワークで多く投稿されていた。

ナショナルライフ会社の研究によれば一軒あたりツァガーンサル
平均800個ぐらいのボーズを作るという計算を出した。
全国で1億8,570万9,600個のボーズと餃子を作ることになる。
もし、800個のボーズを作るのに15キロ肉が必要だとすれば
348万2,055キロの肉をボーズ作りに消費する。
羊1頭からおよそ17キロの肉を取れるとすれば、合計20万4,826頭の羊に
相当するボーズをモンゴル人が食べたという計算になる。

また、ツァガーンサルを祝う全世帯の3分の2がオーツを買うとすれば
15万4,758頭の羊が食卓の上に置かれるという計算を同社が出した。
羊1頭を15万トゥグルグとすれば540億トゥグルグをツァガーンサル
肉に消費している結果になる。
羊年に羊肉の消費は下がることはおそらくないだろう。


「デールで世界を飾るモンゴル」という言葉がある。
近年、伝統的な祭りに民族衣装のデールを着る人は多くなってきた。
家族全員でおそろいのデールを着るようになった。
羊年を迎えるツァガーンサル祭りの際、高級官僚及び庶民の衣装も
控えめで絹ではなく、模様のない布地、カシミヤ、スエードの布地の
デールを着ていた。

毎年祝うが、その度に新鮮で身近に感じるツァガーンサルが終わった。
来年のツァガーンサルまでまだまだ遠い。

D.ツェーピル記者
出展:NEWSWEEK紙

写真と原文はこちら

訳者:セレンゲ

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大統領が国民に意識改革を呼びかけた(4) 

前回記事
大統領が国民に意識改革を呼びかけた(3) の続き

成し遂げるためにポピュリズムをしよう

モンゴルで成し遂げることが遅れた分だけ、ポピュリストの名前が
繰り返されることが増えた。
ポピュリズムを必ずしも崩壊、悪意、個人の売名行為、
生き方と結びつける必要はない。

サイハンビレグ首相が日本を訪問し、良いことを話し、
良いことを行なってきた。
彼が話したことを支持し、投資家を呼び込み、成し遂げようとする人を支え、
巨大プロジェクト、プログラムを実現してポピュリズムをしよう。
成し遂げるために、実行するために、誰かを勇気付けて
前向きな言葉を話してポピュリズムをしよう。

「祖国」という言葉を私は「心の内に秘めろ」という意味だと考えている。
祖国をぼろぼろになるまで振りかざすのをやめよう。
もったいないではないか。
祖国を愛するなら、心の内に秘めて大切にしよう。
物事を成し遂げて、やるべき仕事をして、お互いに助け合って
祖国を大切にしよう。
今の時代は誰もが外に向かって叫ぶことができる。

社会主義時代には、社会を批判し指導部の悪口を言うことには
大きな勇気が必要だった。
そのような人も少なかった。もし見つかったときの罰は重かった。
今はそのようなことに勇気を必要としない。
単にあなたの権利の問題だ。
どのように振る舞い、何を言うか言わないか、
何を行うか行なわないかはその人自身が決める。
その人がどのように生きるかはその人自身にかかっている。

我々モンゴル人の現在の苦悩は、突然ひどい社会になった
ことではなく、突然悪い議員を選んだことでもない。
この状態はいずれ改善されるだろう。
しかし、結果は現状からそれほど良くなることも悪くなることも
無いだろう。
モンゴル人の苦悩のほとんどは、人々がそれぞれ自分のことは
自分で責任を持つようになったことに原因があるからだ。
各自が少なくとも自分で責任を持ち、自分の運命は自分で
切り開くようになり、仕事、生活を自立して行なえば、
現在の苦悩のほとんどは解決される。
我々は誰かの代わりに自由になったのではない。
自分達のために自由を選択した。
しかし自由は理性を必要とする選択であり、忍耐を必要とする選択だ。

あなたがもし、ここまで私が書いたこの文章を読んだなら、
私はあなたに感謝を伝えたい。

以下に、私が政治家に、現在モンゴル国の政策を決定し、
実行することに関わっている人々に3つのことをお伝えする。
「家系を絶やそうと思えば、子供を甘やかせ。
国を絶やそうと思えば役人を甘やかせ」
という言葉がある。

1.
モンゴルの運命を決定するということは希少な幸運だ。
政府、国民のために汗をかいて働くことは、
めったに与えられない機会であり役割である。
もしあなたの行為、政策がモンゴルを害する結果をもたらすなら、
それを知った時からモンゴルの政府から去りなさい。
人には行なってはならない仕事、向いていない仕事というものがある。
私は一部の人にはこのことを話して聞かせてきた。
私自身もこの原則を常に忘れないよう気をつけている。

2.
政府の人間というものは上位の利益のために働くべきだ。
上位の利益とは、モンゴル国民の利益、モンゴル発展の利益だ。
発展はモンゴルにとって安全保障、主権、独立の裏づけだ。
これはモンゴル人全ての共通の利益だ。
そのためにこそ、政府の全ての職位の官僚は働くべきだ。
個人の利益を考えるなら、公職に就くべきではない。
我々の祖先はこのように言い残した。
我々が行なった歴史的選択(民主化)の意味もこれだ。
よい行い、よい心で人々を驚かせたマザー・テレサは
「神は私たちに奉仕を求める。誰かに大きな手柄を立てる
ことを強制しない」と言った。

3.
倫理とは、まず自分自身から始めることだ。
倫理のある人なら、暗いところでも倫理を持っている。
誰も見ていなくても倫理を持っている。
誰も見ていないところでも、大金を目の前にしても、倫理を持っている。
悪い行いは自らに返ってくる。
我々はモンゴルの良い面を見ようと思うなら、お互いの悪い
ところを見てお互いを影に日に敵対しあう必要はないのだ。
しかし、これは欠点を指摘しないでおこうという意味ではない。
我々はもっとよく話し合うべきだ。
ここにこそ、民主主義の力と強さがあるのだ。
いかなる官僚を批判してもかまわない。しかし神聖視してはならない。
民主主義を批判してもかまわない。しかし冒涜する必要はない。
開かれた社会と誹謗中傷、内部分裂、足の引っ張り合い、
間違った習慣はそれぞれ別の問題であることは、
理性のある人なら簡単に区別ができることだ。

まもなくツァガーンサルを迎えようとしている。
新年の慶びを人々はお互いに祝福しあう時が来ている。
子孫や同世代の人々に私はこのことを呼びかけて筆を置きたい。
「いかなるものごとも良い面を見なさい。
どうすればうまく行くか考えなさい。
成し遂げるために努力しなさい。」

ある有権者が私に直接投げかけた質問でこの文章を結びたい。
「こんなにも賢い国民を、こんなにも豊かな国土を、
このような状態にしたまま放置するために
私はあなたを大統領に選んだのか?」

モンゴルの孫、ツァヒアの子、エルベグドルジ
(私の父方の祖父の名前はモンゴルという)

原文はこちら



訳:プージェー藤井

民主化以降、自由=何をしても構わない(他人に迷惑をかけても)という
間違った理解がモンゴル社会に広がってしまった面があり、
大統領は自由には責任が伴うということを伝えようとしています。

また、大統領は倫理についてもふれています。
昨年秋、倫理の欠如、倫理とは何かについて
モンゴルの世論が一時沸いたときがありました。
https://www.youtube.com/watch?v=dyhN9th3CrY
日本人なら「お天道様が見ている」という感覚があるため
自分の他に誰もいなくても悪事をしないという
精神的歯止めがありますが、モンゴルでは
誰も見ていなければ・・・、警察が見ていなければ・・・
という風潮が広がってしまっていることを
大統領は嘆いているのだと思います。

長い記事でした。
最後まで読んでくださってありがとうございました。

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大統領が国民に意識改革を呼びかけた(3) 

前回の記事
大統領が国民に意識改革を呼びかけた(2)の続き

すばらしい母国モンゴルのため、外国を飛び回って努力することは
私にとってやりがいのある仕事だ。
しかし帰ってくると、その努力が国民に理解されないのはつらい。
外国人に自分の国の悪口を言うモンゴル人はいない。
しかし、モンゴルに信頼を置いてきた人々を失望させ、
約束した協定が破られるのを見るたびに、
私はモンゴルをそれほど褒めたこと、それを自分の義務だと
信じ込んだことが恥ずかしく思われる時がある。
だが、私は自分がモンゴル人だと言える運命を誇りに思う。
「我々は過ちを正すことができる。モンゴルは自由な国で、
欠点を隠さない国だ」
と言うたびに励まされる。

モンゴルの幸運が長いと私は信じている。
なぜならモンゴルが歩む道は、誰か悪者あるいは
善人の歩む道よりも遥かに長い。
誰かの悪事は教訓になり、善行は模範となって残る。
私のモンゴルは我が子孫のもの。我々の後の世代に残る。
これから生まれてくる何万ものモンゴル人のものだ。
だから、我々は自分に与えられたそれぞれの責任を担い、
やるべきことをやっていけばいい。
言うべきことはその時にはっきり言って、
やるべきことはその時に成し遂げて、犯した過ちを改め、
決定をその時に出して進む必要がある。
すべてに拍手してもらえるほどうまくはいかないし、
拍手されたすべてが正しいわけでもない。

遠くから客観的に見ている者にとって、
問題の解決策は両刃の剣のように見えるかもしれない。
一つの頭(トルゴイ)について例を挙げるなら、
オユトルゴイ鉱山の採掘に関しては、正しい選択、正しくない選択
というものはなかった。
もしあったら、当然正しい方を選んでいた。
投資契約にしても上手に結ぶ、下手に結ぶということはなかった。
当時の時代、環境、状況において契約者がどこまで譲歩できるか
できないかという問題だった。
投資家にとってもモンゴルに多数の選択肢はなかった。
時間の無駄や延長も許されなかった。

これらすべてを誠心と忠実な行動で乗り越えたからこそ
「我々モンゴルは一歩進んだ」と私は言った。
歴史上において、進んだ時計は戻すことができない。
「もしそうだったら」と書いて変えることも不可能だ。
人々の頭脳の判断、意識の範囲と国の歴史的出来事は
まったく別の違うことだ。
個人の英雄的な戦い、批判の裏には名言の通り「個人的な利益」
が隠されているが、国の場合には国民の利益がある。

良い投資家、悪い投資家というものはない。ただ投資家がいる。
だが、モンゴルにとって第3隣国の投資家という普及した概念がある。
私はこの政策がどんな時代でも受け継がれていくべきだと考える。
また、投資額の多い、少ないは問題ではない。
むしろ、投資家からモンゴルに残る、送る資金が多いほど良い。
モンゴルに多額を投資するというのはモンゴル人、モンゴルの経営者、
モンゴル国のためになる。
資金を送ろうとしている投資家が金額を減らそうとしていないのに、
投資を受けようとしている我々が口を挟んでどうする。

国家、社会のためにと勇気を振り絞り、真冬にデールを着て家を飛び出し、
民主化運動に身を投じてから四半世紀が経った。
私はこの間、たった1つのことが真実であることを思い知った。
それは「経済はきれいごとには騙されない」ということだ。
選挙の公約、紙の上の嘘の決算書、会議での虚実織り交ぜた討論、
テレビ放送、それらのいずれにも騙されないのが経済なのだ。
経済の浮き沈みは資本、労働もしくは行なった成果によって測定される。
被害が出れば、そのツケは貧乏人にも金持ちにも確実に回ってくる。
これまで会議、テレビ、ラジオ、新聞でモンゴル人同士が行なってきた
足の引っ張り合いのツケである数兆トゥグルクを、
今全てのモンゴル人が支払っている。
失った時間、実現しなかったプロジェクト、流出してしまった外貨すべてが、
我々ひとりひとりの背中にツケとしてのしかかっているのだ。

モンゴル人は給与、年金、収入の減収によってそのツケを払っている。
生活水準が低下し、失業し、社会への不満を言いながら、
あるものをかき集め、無いときは借金をして支払っている。
モンゴル国の通貨の価値が下がり、資産をかき集めて支払っている。
以前はまとめ買いしていた肉、小麦、パン、油の量を半分にして支払っている。
買えない人は食事抜きで、暖房の石炭も使わずに夜を過ごして支払っている。
妻や子に買う服も減らして支払っている。
このようなツケを扇動者を満足させながら支払っている。

さらに言えば、嘘を言って他人の資金を投資させることはできないのだ。
他人の信頼を裏切ったら回復することはないのだ。
これまでのツケを全て支払った上で、我々はこれらの問題を乗り越えるのだ。
これまでの数年間の経緯、混乱、後退から得た私の教訓はこれだ。
開かれた社会での生活は、学習の過程だというのは真実だ。
しかし授業料を国民皆で支払うのもまた真実だ。
本来なら我々は一部の授業料は支払わなくても良かったはずなのだが。

(大統領が国民に意識改革を呼びかけた4に続く)

原文はこちら

訳:セレンゲ



「頭の苦悩」には、
・頭が操られることの苦悩
・オユトルゴイの苦悩(モンゴル語でトルゴイは頭)
の他に
・大統領の苦悩(大統領は国のかしらですから)
という意味も引っ掛けてあると見ました。

それが本記事冒頭の
大統領の苦悩の告白に繋がっているのですね。

(プージェー藤井)


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