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露中ではなく西側に亡命するのはなぜ? 

随分と久しぶりの更新になってしまいました。
ご心配いただいた皆さんには申し訳ありません。

少し前の記事になりますが、中国習近平国家主席のモンゴル訪問を受け、
またロシアプーチン大統領の訪問を間近に控えたタイミングで、
下記のような記事がありました。

大切なことを言っていると思うので掲載いたします。
(プージェー藤井)



dnn.mnより2014.08.26

(前略:
キリスト教徒のイタリア人男性と結婚したことを理由に、
イスラムへの背教で絞首刑を言い渡されたスーダンの女性、
メリアム・イエーヤ・イブラヒムさんがイタリアに亡命したことを引き合いに出した上で)

しかし、ロシア中国へ望んで亡命した例はほとんど聞かない。
アメリカの情報機関の機密資料を世界に暴露したスノーデン氏、
高い税金を払いたくないジェラール・ドパルデュー氏の2人だけがロシアへ亡命した。
しかし、スノーデン氏の例は命の危険に瀕したメリアム女史の場合とは違う。
国の情報機関の機密を暴露したと言うのは別の問題だ。
ジェラール・ドパルデュー氏もより多くの金を残すためにロシアへの亡命を望んだ。
しかし、メリアム女史のように自由を望む人は皆、ロシア中国ではなく、
アメリカに亡命することを望むのはなぜだろう。

最近、モンゴルの首脳はロシア中国のようなすばらしい国はない、
両国がなければモンゴルは立ち行かない、これまでモンゴル
西側の国に過度に従いすぎて、全く混迷してしまったかのような言葉を漏らすようになった。
習主席はモンゴルにかなりの資金を援助した。よかった。これで経済が回復する。
というような言葉も聞こえてくるようだ。
プーチン大統領が来れば、また多くの資金がもらえるぞ。やった、やった。
などと言い合っている場合ではない。

モンゴルがこのように喜んでいるのに世界はなぜそうしないのか?
なぜ自由を望む人々はロシア、中国ではなく西側諸国に亡命することを望むのか?
考えるべき問題だ。

もし本当に両隣国に頼って安心して暮らそうと思っていたなら、
なぜ民主化を実現しようとして20年もの間国中が努力したのか?
「アジアの胸にある民主主義の唯一の盾」と評価されるまで努力して流した汗は何の必要があったのか?
昨今の首脳が人々を動かそうと述べたわずかな言葉で消されてしまうのなら、
そこまで汗を流す必要があったのだろうか?
省みられるべき質問である。

先日の(習近平国家主席の)訪問で両国の首脳が、
お互いに両国の民族を軽蔑した行為を行なわないと述べて一致したことは、
すばらしいことのように思えた。
中国はいつもモンゴルの独立、主権、領土の保全を尊重する
と述べた習近平国家主席の言葉は耳に心地よかった。

標準軌を承認すれば、鉄道建設を全面的に支援すると述べたのは、
経済的に必要な発表となった。
モンゴルが中国を通過して海の向こうの国々と
貿易を行なうことについての政府間協定は、歴史的な合意に数えられる。
2020年までに両国の貿易額を100億ドルに増やすと述べたことは
双方にとって必要な決断だ。
世界最大の市場の指導者が来て、経済に必要な多くの問題を解決したことは
モンゴル全体が喜んでいる。
永遠の隣国、世界最大の市場という意味で、
我々は中国と密接に付き合う多くの理由がある。

しかし、忘れてはならない問題もある。
例えば訪問中、習主席は
「国際、地域における協力を発展させ、両国は今後国連、ASEM、
SCO(上海協力機構)、CICAなどの機関で協力を促進し、発展させる」
と発表した。
国連、ASEMの枠内での関係を改善することは、あっても良いことだ。
しかし、上海協力機構は、モンゴルのような小国にとっては警戒すべき機構だ。
中国からSCOの加盟国になるよう圧力が加われば、モンゴルにとってリスクとなると
研究者が注意しているのは、背景に微妙な理由がある。

西側の参加を制限する、アジアの強力な機構として発展している組織といえば、
事情に明るい人なら誰でもSCOを挙げるだろう。
この機構の具体的な、強い影響力は世界中で認識されている。

SCOの圧力によってウズベキスタンは国内のアメリカ軍を撤退させたという
具体的な例がある。
この事件の後、西側は同機構に対し、全く別の見方をするようになった。
NATOの各国はこの時以来、SCOを軍事同盟と見るようになったことは秘密ではない。
もし中国側からSCOの加盟国になるよう打診があり、その提案が具体化すれば、
アジアにおいてモンゴルが民主主義の道を歩む上で、困難に直面する。
研究者はこのような警告を、ずっと前から行なってきた。

双方は訪問中、資源、エネルギー、インフラの協力に関する両国間委員会を
設立する覚書に署名した。
鉱山はモンゴル経済の主な分野である。
エネルギーは国家の安全保障に直結する分野である。
この2つの分野で西側および中国の投資のバランスをとる必要があると研究者たちは言う。
これに関連して両国の長文の共同宣言にも盛り込まれた。

共同宣言の文書をそのまま抜粋しよう。
「双方は、モンゴル、中国の資源、エネルギー、インフラの協力の委員会
および双方のその他のメカニズムの枠内でモンゴル中国の鉄道、道路、国境・港湾、
鉄、銅、鉛、亜鉛、ウラン、石炭、石油、電力、化学工業、自動車工業、軽工業、
不動産などのインフラ建設および鉱山、エネルギーの巨大プロジェクト、
工業投資の協力を早急に促進し、モンゴルと中国の具体的協力の範囲、質、水準を
全面的に向上する」
と言っている。

共同宣言にはこれと内容の異なる宣言もある。
「中国側は中国の名誉ある大企業を市場原理に従い自社の長所を利用して
モンゴルにおける巨大プロジェクトに協力し、参加することを支援する」
という文章である。

弊紙は以前、政府の強い影響下にある中国、ロシアの企業が多数モンゴルに入って来れば、
市場原理のルールの元で競争を行なっている西側の企業は、
中国、ロシアと同じ土俵で競うことができなくなり撤退したり、撤退を余儀なくされる。
このような状態になれば世界の証券市場でのモンゴル企業の数は減少し、
その分だけアジアのモンゴルを世界が評価できなくなるというテーマで掲載していた。

このような警告や、将来を見越してどのような問題が訪問の際に話し合われたのかを
研究者は取り上げたいものだ。
民主化を後退させずに、両大国とどのように関係を構築すれば
双方にとって利益があるのか、多くの解決策が研究者にはあることだろう。

最後にもう一度質問したい。
自由を望んだ人々はなぜロシア、中国ではなくアメリカ、西側各国に亡命を望むのだろう?

Ts.バーサンスレン記者
原文はこちら


訳:プージェー藤井

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清水大使:モンゴルに外国投資法はある。しかし保護がない 

Gogo.mnより(2014.07.28)

モンゴルのエルベグドルジ大統領が日本を訪問して日が浅い。
大統領のお土産が何なのかモンゴル国民の注目を集めている昨今、
日本の清水武則・特命全権大使にインタビューした。
清水大使にはエルグドルジ大統領の日本訪問について
日本側の立場、さらに両国経済の今後の協力について聞いた。

清水大使は、モンゴルと日本の関係を現在の水準まで引き上げるのにご尽力なさってきました。
読者の皆さんに自己紹介をお願いします。


私は日本では大学で法律を学んでいました。
もともとは弁護士になりたかったのですが、気がつけばモンゴル関係専門の
外交官になって40年近くが過ぎようとしています。
この間、モンゴルには4回赴任しました。
日本の外務省でモンゴル関係を担当していた年数を合わせると、
私の外交官としての勤務年数のほぼ半分がモンゴルと関係しています。
モンゴル以外に、アメリカ、カナダにある日本大使館に勤務していました。
日本の外務省の条約・協定局、文化情報局、領事局、国際機関局などの
部局に勤務していた経験が、モンゴル勤務の際に役立っています。
私は花を植えたり、切手やコインを集めたり、絵画を集めるのが趣味です。
1975年に初めてモンゴル語を聞いていたので来年で40年になります。
これまでの勤務で日本、モンゴル両国の関係強化に力の及ぶ限り
貢献できたのではないかと自負しています。
間もなく定年を迎えます。
そうしたら生まれ故郷の大分県でモンゴルの画家のギャラリーを開いて
日本人にモンゴルを紹介しながらモンゴル研究を行ないます。
それから花を植える夢もあります。

日本大使館の周りにはとてもきれいな花が咲きます。
また大使の花壇もあるそうですね。大使が育てられたのですか?


そうです。私は花を植えるのが好きです。
日本大使館の庭の花の種を外国から持ってきて植えました。
しかし私の花壇にあるのはモンゴルに生えている花です。
ここにはほとんどがあると言えます。
日本から来た一部の要人は地方視察する時間がない場合があります。
そのため、私は彼らにモンゴルの地方、草原、花をこのように見せることが好きです。
野生の花の種を持ってきて育てると、皆良く育ってくれました。
ここから見ると、モンゴル人の手のひらの上に全ての可能性があると言いたいです。

大使はモンゴル国立大学のモンゴル語・文化学部に留学されていたと聞きました。
それゆえモンゴル語を良くご存知ですね。
このことはモンゴルの生活、言語、文化、習慣に親しむ上で役に立ちましたか?


私は最初、英国のリーズ大学で1年間モンゴル語を学びました。
その後、1977-1978年に10ヶ月間モンゴルに来てモンゴル国立大学の特別コースで
10人のベトナム人留学生と一緒に勉強し、モンゴル語を学びました。
当時、資本主義国から来た未来の外交官だった私にとって、
現在のようにモンゴルの学生と自由に交流することは認められていませんでした。
そのため、当時はモンゴル語を実践で使う機会はそれほどありませんでした。
どこに行くにも当時の社会安全予防省の職員が一緒に付いて来ていました。
このような理由で、私のモンゴル語はそれほど向上しませんでした。
しかし、1990年の民主革命以降、モンゴル語を使う機会が増えました。
モンゴル語を日本語と比べると、母音が多く、非常に難しい発音があります。
私にとっては、モンゴル語を使うのは今でも簡単ではありません。
モンゴルの文化は遊牧民の生活から発生しました。
またチベットから入ってきた仏教の影響を受けているものも多いです。
この意味でも、日本人の興味を引きます。
これらの特徴ある文化に自由にふれられるすばらしい機会があることはうれしいことです。

日本人は勤勉で、忍耐強く、努力家であるなど多くの長所があります。
一方大使はモンゴル人についてどのようにお考えですか?


日本人、モンゴル人を見ると外見は似ていると言われています。
しかし、内面は全く違います。
日本人は問題を早く決断することが出来ません。
しかしモンゴル人は素早く考え、決断できます。
この性質によりどのような問題にも柔軟に対応できます。
しかし、我々日本人は原則主義的で、どんなことも規則どおりに行おうとします。
これは地理的な特徴に関係していると思います。
モンゴル人は草原の民、日本人は島の民です。これも関係しています。
とはいえ、どちらにも良い面と悪い面があります。
しかし、モンゴル人でも日本人でもお互いに欠点を補い合い、協力することが出来れば、
大きな仕事を成し遂げることが出来ると信じています。

先日モンゴルの大統領が日本を訪問してきました。
訪問の際、EPAは今後の経済協力に大きな後押しになると言っていました。
これについて大使はどのように見ていますか?


現在両国関係は非常に良好で、高いレベルで維持されています。
しかし経済関係は十分な水準に達していません。
これを今後改善するために検討・実行することが多くあります。
あなたが言われた原則合意に達したEPA契約はこの一部分なのです。
この他にも両国の国民が相互に訪問することが重要であると考え、
2年前からビザの条件を緩和し始めました。
これにより、モンゴル人が日本へ行く数が増えています。
また、日本の観光客をモンゴルに呼び込む必要もあります。
こうすることがモンゴル経済に非常に重要だと考えています。
例えば、シンガポールには年間100万人が旅行します。
1人が4泊する間に最低でも1,000ドルをシンガポールで使います。
両大国の間に位置するモンゴルにとって経済発展の鍵は鉱山だと言っています。
もちろん鉱山はその通りなのですが、鉱山や鉱物資源の埋蔵量はいつか無くなります。
そのため、鉱山を短期間で完全に利用し、そこから得られる資金で経済を
一貫して発展させるために必要な人材教育や工業を発展させる分野に投資するべきです。
鉱山以外に経済を発展させる必要があるのです。
これこそが観光、牧畜分野なのです。
日本とモンゴルの間にEPAが締結されることで、日本から農牧業分野に
いろいろな特別プログラムを実施します。
これには家畜伝染病対策も含まれています。
現在、私達はモンゴルの肉を輸入することができません。
これは口蹄疫と関係があります。
また、モンゴルの肉は国際規格の水準にまだ達していません。
今後牧畜業分野を発展させる必要があると言う意味です。

そうするとモンゴルには経済分野での一貫した長期的な政策が不足しているということですね?

継続的で安定的な発展の政策が重要です。
モンゴルでインフラを開発し、道路を建設しているのは良いことです。
しかし、工業を発展させる面により注意を向ける必要があります。
言い換えれば、製品を輸出できる分野をいかに発展させるかを考える必要があります。
そうしなければ、モンゴルはただ単に大きな1つの市場に依存する国になります。
もちろん一度に全てを行なうことは出来ません。
しかし外国の借款、国債の資金などを将来に必要な分野に投資できれば、
モンゴルが望む発展を実現することも近いでしょう。

工業を発展させる必要があるのですね。
おそらくモンゴル人は自分達で技術を開発するというのはまだピンと来ないかもしれません。
これについて日本の技術をモンゴルに導入し、そこから学ぶ可能性はどの程度ありますか?


日本の安倍総理大臣が去年3月にモンゴルを訪問して以降、
日本のビジネスマンのモンゴルに対する態度が変わりました。
最近では日本から来た人が私にひっきりなしに会いに来ます。
彼らのほとんどは会社の代表者です。
つまり、日本のビジネスマンたちはモンゴル市場に興味を持ち始めたと言えます。

それでは今モンゴル側から何が必要なのでしょうか?

現在信頼感を与える必要があります。
法律があっても良い投資を保護するメカニズムが重要です。
巨額の投資を行った企業の一部は、残念ながら厳しい状態になっています。
モンゴルは日本だけでなく外国企業に事業を行なう許可を与えます。
しかしリスクが小さいということを保証することが出来ないために、
どんなにきれいな言葉を言っても外国投資を誘致できません。
ここに主な原因があります。

一時期を思えばモンゴルの法環境は比較的改善されたと思いますが。
これについて大使はどのようなお考えですか?


2012年5月、選挙前に外国投資規正法を可決しました。
それ以降、外国から入ってくる投資が止まりました。
それを先日修正しました。もちろん法を改正したのは良いことです。
それと同時に、外国投資を誘致するための積極的な広告を行なう必要があります。
また、モンゴルに対する信頼を失った人々の心理はそれほど簡単には変わりません。
それゆえ、彼らの考えを変え、信頼を得るために努力する必要があります。
モンゴルで施行されている法人所得税の水準はそれほど高くないと理解しています。
その一方で、モンゴルの法律には不明瞭な部分が多くあるために、
いろいろな解釈が出来てしまうのは大きな問題になっていると理解しています。
また、法規則が頻繁に改正されるのも投資環境を不安定にする影響があります。
このように、税水準だけでなく投資に関する法環境、投資環境の安定化、
透明性の確保、長期的な予測が立てられる条件を整える、
またこれら全てを安定的に継続する可能性を満たす必要があります。

それでは大使のお仕事に関してお聞かせください。
日本はモンゴルと1970年(訳注1972年)に外交関係を樹立して以来
2,350億円の援助を行なってきました。これについてどのように評価していますか?


日本政府からモンゴル政府に行なった援助は1977年に無償援助により
ゴビ・カシミア工場を設立することから始まりました。
1989年までは、モンゴルの技術者を日本で研修させる、日本から専門家を派遣する、
設備を供給するなど技術協力および文化無償援助等わずかな分野での援助を実施してきました。
しかし、モンゴルが社会主義から市場経済主義へ移行して以来、援助は増加しました。
1990年からは無償援助が再開されました。
1991年に最初の融資プログラムを実施しました。
これらの融資、無償援助はバガノールやシベーオボーの炭鉱を復活させる部品を提供しました。
さらに第4火力発電所を定期的に修復し、ウランバートル市の公共交通を改善し、
義務教育学校の建物の増築、上下水道網の修復、道路の建設及び関連機材の提供、
通信設備の建設、医療設備の提供、消防車・ゴミ収集車の提供などインフラおよび
その他の多くの分野で実施されました。
現在、円借款によりウランバートル新国際空港を建設する巨大プロジェクトが実施されています。

日本からモンゴルに提供している無償援助が終了するそうですが、
今後の関係はどうなるのでしょうか?


近年、モンゴルの経済が急速に発展し、一人当たりのGDPが
無償援助の対象となる水準をはるかに超えました。
このため、今後は日本政府からモンゴル政府に提供する援助のうち、
無償援助が占める割合は大きく減少します。
しかし、その代わりに低金利で柔軟な返済条件の円借款が主になると考えています。
現在、健康科学大学付属病院を建設しようとしています。
この事業は来年から開始されます。
大学に付属病院が出来ることで、良い人材を育てることが可能になると考えています。
これは無償援助の最後の案件です。

日本はモンゴルの石炭分野で協力したいと言い続けてきました。
これについてどの程度進んでいますか?


モンゴルの石炭分野を発展させるために「石炭分野のマスタープラン」の
作成に当たり支援を行い、この分野におけるモンゴル国の潜在的可能性を考慮し、
将来実施する問題の方向性を明らかにしました。
また、モンゴルは水資源が少ないため、石炭の付加価値を高めるためには
乾式の方法によって選炭する設備を導入する可能性を検討し、
実験を成功裡に進めています。

日本でモンゴル留学生が多く勉強しています。
皆さんもモンゴルの教育分野に主に投資を行ってきました。
教育分野で今後協力することについてどのようなお考えですか?


日本政府の奨学金による留学生を1976年に初めて選抜して以来、
今日まで計1,256人を日本に留学させています。
去年9月に両国首相が合意した中期活動計画に基づき、
今後も政府奨学金によりモンゴル人留学生を受け入れます。
また今年3月には工学系高等教育プロジェクトを実施する融資契約書に署名しました。
このプログラムの枠内で、計75億3,500万円の融資を行ないます。
この資金は今後モンゴルに必要な工業分野の人材育成および
工学系教育機関の能力強化に使われます。
その他、義務教育学校の建物の建設・増築プロジェクトでウランバートル、
ダルハン、エルデネットに計55の義務教育学校を新設しました。
また、草の根無償援助の枠内で1990年以降モンゴル全国の学校の校舎改修を継続的に行なってきました。
現在までウランバートル市で116校、地方で162校の計278校の校舎改修を行いました。
草の根無償援助のプロジェクトは予算の行き渡らない地方の学校から非常に感謝されています。

出展:ゾーニーメデー新聞
D.ゲレルツェツェグ記者

原文はこちら



訳:プージェー藤井

モンゴルにとっては耳の痛い話でも、
率直に話をされる清水大使の姿勢には
モンゴルに対する真の友情を感じました。

その言葉がモンゴル政府に届いてほしいものです。

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新潟県の幹部がフブスグル県を公式訪問 

モンツァメ(2014.04.28) より

近年、フブスグル県は国際関係拡大を重視している。

同県は多くの国と協力関係を結んでいる。
その一つは日本の新潟県である。

昨年の秋、協力の一環でフブスグル県議会のT.ボルドバートル議長を代表とする訪問団が、
新潟県を公式訪問した。

今回は、今月21日と22日に、日本の新潟県知事政策局の佐久間局長を代表とする一行が
フブスグル県を公式訪問した。

訪問に際し、双方がビジネス、専門医療、青少年交流、報道分野の人材を
交流させることについて話し合った。

来る8月にウランバートル市でウランバートル市と新潟県共催のイベントを開催する予定で、
当時に協力に関する覚書の調印式を行うことになった。

新潟県の訪問団はフブスグル湖を見学し、ムルン市で営業しているフブスグル・カシミヤ、
テブヘン・スーパーマーケット、オスビモ鉄筋コンクリート工場、
チンギス・ホテルなどの事業を視察した。

記者:B.ガントヤ(フブスグル県

原文はこちら

訳:オーガントヤ

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大統領が安倍首相と昼食 

medee.mn (2014.04.16) より

今日、日本安倍首相が東京の公邸にてモンゴルエルベグドルジ大統領を出迎え、
一緒に昼食した。

昼食に際し、双方がモンゴル日本両国関係がハイレベルでより一層促進していることに
満足感を表明し、経済・人道・地域問題における協力について話し合った。

モンゴルエルベグドルジ大統領日本で治療を受けたので、間もなく帰国すると発表した。

原文はこちら

訳:オーガントヤ



以前の記事
大統領が日本で手術を受ける [2014/03/15]
の続報です。
大統領の手術はうまく行ったようで、安心しました。

安倍首相エルベグドルジ大統領との個人的な信頼感も
ますます高まっているようで、拉致問題の解決にも
今後さらに協力していけるのではと期待しています。

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静岡県の代表者と会談 

shuud.mnより(2013.05.13)

モンゴル大統領執務室のツァガーン長官が静岡県の代表者と会談した。
会談の際、澤井亨・静岡県ソウル事務所副所長、
前嶋康寿・静岡県企画広報部地域外交課参事が
モンゴル楽器を再び贈呈することについて話した。

以前、静岡県からモンゴル楽器を贈呈することを提案し、最初に管楽器を贈った。
今回の会談では、同イベントを継続し、毎年楽器を贈呈することを静岡県が提案した。
どんな種類の楽器を贈るかはモンゴルからの意見で決定する。

また、会談中に8月12日から17日の間に静岡県からモンゴルに来る120人の行政の訪問団について相談した。
訪問の際にコンサートを開催したいとツァガーン長官に提案した。
同コンサートでは、静岡県から贈った楽器を使うことを計画している。
これに対し、ツァガーン長官は演奏会を応援し、両国関係が全ての分野で拡大していることに満足していると述べたと大統領官邸広報が伝えた。

原文はこちら

訳:オユントヤ

静岡県もモンゴルとの交流が活発な県の一つです。

2013.05.16追記:
静岡県の代表者お二人のお名前・役職の訳が間違っていました。
お詫びして訂正いたします。

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