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太陽橋は10月17日に開通 

ubs.mnより(2012.09.29)

1998年にテーベリン・トプチョーからコンビナートの白い門までの跨線橋を建設する案が出されていた。
10年以上の調査の末、2010年3月に跨線橋の工事が始まった。
そして約3年が経った現在、太陽橋がまもなく開通しようとしている。

テーベリン・トプチョーから鉄道を跨いでコンビナートの白い門までの長さ895m、幅19.5m、両側に1.5m幅の歩道を持つ橋の起工式は2010年3月末に行われた。
日本政府の無償資金援助の枠内で建設された同プロジェクトの起工式には、モンゴル側から当時のウランバートル市のビレグト市議会議長、ムンフバヤル市長、バトトルガ道路・運輸・建設・都市計画大臣、日本側から城所特命全権大使、JICAの石田所長らが参加した。

そしてついに、太陽道路の上を通る太陽橋開通まで、あと数日を残すのみとなった。

本日、JICAの代表者が太陽橋の建設に使われた技術および橋の建設の進捗状況について報道関係者に紹介した。
今日現在、太陽橋の工事の進捗は96%とのこと。
対面通行4車線の太陽橋開通すると、平和橋および三角橋の交通量が30%程度軽減されるという試算が専門の調査機関から出されている。
また、太陽橋は1日3万台の自動車が通行するという見積りもある。

太陽橋は開通から20年間、大きな修理を必要としない。
今後定期的にメインテナンスを行えば、100年でも使うこともできると日本の専門家が述べている。

原文はこちら



いよいよ太陽橋(モンゴル語名:ナルニー・グール)が開通します。
ウランバートルの交通渋滞がどの程度軽減されるのか、期待したいところです。

一時期、橋の名称について、(エンゲルス通りにある橋なので)「エンゲルス橋」
にするという案も出ていましたが、日本政府の援助で作られた橋であることを
後々までモンゴルの人々の記憶に残すため、「太陽橋」でお願いしたいですね。

すでに太陽道路(モンゴル語名:ナルニー・ザム)は、日本の高い技術、
10年経っても壊れない品質の高さ、日本人の勤勉な仕事ぶり、
きちんと納期通りに完成する工程管理のマネジメント力の高さなどで、
モンゴル人の間で語り草になっています。

今回の太陽橋もモンゴル人の語り草として100年先まで
残って欲しいものです。

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コメント

素晴らしいですね
特に日本に由来した名前をつけてもらわなくともよいのですが、
「エンゲルス橋」は最悪です(笑
エンゲルスは何も貢献してないばかりか、どちらかというと社会主義は
モンゴルにとって災禍であったことのほうが大きいのではないですか

ところで中国の9本の高速道路は全て日本の巨額な援助のもとに建設されているそうですし、
また北京市内の地下鉄も全面的に日本の援助で建設されています
もちろんただ金を出しただけでなく、
調査や建築に関わる技術も込みにです
しかし中国政府は自らで作ったような顔をして、
国民にそれを知らせようともしません

隣のモンゴルとはなんという差でしょうか!
これが国としての「品格」の差なのでしょう

Re: タイトルなし

ナナシさん

コメントありがとうございます。

「エンゲルス通り」のような社会主義的名称は
時がたつと共に、大きな援助をしてくれた国や都市の名前か、
民主化運動の英雄の名前に変わっていくと思います。

サンサルのトンネルから中国大使館、科学技術大、
モンゴル国立大の前を通って国会議事堂の北側に続く
ザローチョーディン・ゴダムジ(若者通り)も、
中国大使館からお金が出たのかどうか分かりませんが、
北京通り(ベイジンギーン・ゴダムジ)という看板が
掛けられていました。

まだ人々の間ではザローチョーディン・ゴダムジの方が
通じますし、大学が多く、若者たちの活気があふれる
通りですので、私も「若者通り」の方が好みです。

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