スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鉱山業界の環境保護責任はどこにある? 

地質・鉱山新聞8月号より
Ts.バーサン記者

 「モンゴルの土地には金・銅が眠っている」とアジアの小国であるモンゴルが、世界の興味を引き付けている。中国、ロシア、カナダ、オーストラリア、日本、韓国など、経済的に発展した国や、それらの国の上位投資家らがモンゴルに積極的に売り込みを続けているのも、ただ1つ、この理由による。
 彼らは文化的に遅れた、経済的にも未発展のモンゴルを、ただ資源があるからという理由で、また、自国の土地が掘り返されるわけではないという考えで、冷徹な視線で見ている。

 しかし、この向こう側に隠れている大きな問題を彼らは見ない。モンゴルを資源の供給基地にしようと、利益のためならなりふり構わぬ高級シャツを着た紳士たちに、我々が驚く場面がよくある。彼らはただ、環境を破壊しているだけであること、環境破壊の原因を自分たちが作っていることに気づかない。しかし、我々は1つの世界に住んでいる。モンゴルもその世界の中の一部分である。さらに、ひとつの厳しいデータを述べるなら、我々の住むこの世界の4分の3は砂漠化した。この40年間で世界の植生の3分の1が乾燥化しただけでなく、二度と草木の生えなくなるほど土地が痩せてしまったことを裏付けるかのように、毎年深刻化する温暖化、砂漠化が観測される。この角度から鉱山業界を見ると、決して良い気分はしない。「なぜだか分からないが、とにかくそういう業界なのだ」と、うやむやにしたくなる。

 しかし、鉱山なしには発展が望めないほどに、この業界は影響力を増している。ただ1つの道は、自然環境に害のない方法で鉱山を開発するほかない。人類がこの解決方法を探して、環境保護に責任を持つ鉱山業界という共通認識を得るに至ったが、現在も実現した国はほとんど無い。
 政府はより多く税金を取ることを望む。しかし鉱山会社、市民はそれぞれの考えや目的を持つ。けれども、この3者が相互理解しようとしている国がモンゴルだ。環境保護責任のある鉱山という共通認識について、モンゴルで話し合いが始まろうとしている。他国では、持続的発展の面で活動する組織があると言う。彼らは当然かなりの規模で活動をしている。モンゴルでは「持続的発展のための責任ある鉱山のアイデア」というNGOがある。「責任ある鉱山のために」という名前を登録しようとしたところ、この名前は他の組織が取ってしまっていたという。分かったのは、活動していないのにこのような名前を取ってしまった組織がモンゴルにもあるということだ。

 持続的発展のためのNGOが、環境保護責任のある鉱山のための8つの原則を出し、この点についてマスメディアに発表した。その組織が出した原則は人々の生活に実現する方法を明記している。ただ1点、彼らの活動が紙の上だけで行われているということを述べておかなければならない。

 表面的には政府、鉱山会社、市民が1つの目的のために話し合っていても、実際には合意に至っておらず、お互いが別々の方向を向いているままだ。政府から鉱山のために出された予算は1トゥグルクも無い。アジア基金が一時資金援助したが、現在ほとんど孤立無援で活動している。このNGOは、政府から政策を出す時、環境保護責任のある鉱山の原則に基づき、横からアドバイスしたり、正しい道筋に入るのを助け、支持を表明するという強制力のない立場で活動している組織である。厳しい言い方をすれば、責任ある鉱山はまだ話し合いの段階でしかない。モンゴルの責任ある鉱山の現実はこのようなものである。

 鉱山分野の問題は、国会、政府の会議での熱いテーマの1つにはなったが、話し合いの際に責任ある鉱山について話す人は誰もいない。政府は責任ある鉱山のNGOに対してそれほど意義を見出していない。責任ある鉱山の主な目的のひとつは安定した政策である。それなのに、モンゴル政府はこの点で非常に変わりやすい。森林、水源地の探査権益を与えておきながら、後で「全面的に禁止する」といって権益を無効にする。臨時収入税を思いついたかと思えば、2011年から止めると平気で言い出す。手掘りの採掘者の問題を現在まで何の対策もできずに来たなど、例には事欠かない。法案を提出する3つの主体(大統領、国会、政府)がある。関連する省庁に国会議員が法案を作らせ、政府の意見を聞く。その後国会議長に法案を提出する。そして常任委員会、最後に国会の全体会合で審議される。重要だと思われる法案だけが第1次、第2次、第3次審議で話し合われ、成立に至る。しかし重要でないと思われれば、第1次審議で振り落とされる。これらは、分野の代表から意見を聞き取り、精査して常任委員会の審議の段階に進むことはない。鉱山関連の問題で、市民や民間部門の人、鉱山分野の専門家、学者の意見は、聞かれないことのほうが多い。

 率直に言えば、政府は鉱山を経済の面からしか見ていない。鉱山開発によって干上がった川や湿地、掘り返された土地があちこちにある。最も顕著な例は、アフリカの発展途上国や日本の水俣など。これから先もどれだけこのような不幸が続くか誰も予想できない。とにかく、最も重い責任が求められている分野が、最も無責任に進められているのは事実である。鉱山分野を、経済面からだけでなく環境保護責任の面からどのように見るようになるだろうか?モンゴル人たちはともかく最初の一歩を踏み出してしまった。しかし、次の一歩を踏み出せずに考え込み、躊躇している。環境保護責任のある鉱山を最も声高らかに宣言し、明確に前進する国がまもなく現れるだろう。我々は1つの世界に生きていて、地球はたった一つの我々の住みかである。このことを、発展と自然保護を両立して証明する国はモンゴルか、それとも他の国か。

関連記事

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://mongolnews.blog133.fc2.com/tb.php/77-ce3cb61e

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。