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大統領が国民に意識改革を呼びかけた(4) 

前回記事
大統領が国民に意識改革を呼びかけた(3) の続き

成し遂げるためにポピュリズムをしよう

モンゴルで成し遂げることが遅れた分だけ、ポピュリストの名前が
繰り返されることが増えた。
ポピュリズムを必ずしも崩壊、悪意、個人の売名行為、
生き方と結びつける必要はない。

サイハンビレグ首相が日本を訪問し、良いことを話し、
良いことを行なってきた。
彼が話したことを支持し、投資家を呼び込み、成し遂げようとする人を支え、
巨大プロジェクト、プログラムを実現してポピュリズムをしよう。
成し遂げるために、実行するために、誰かを勇気付けて
前向きな言葉を話してポピュリズムをしよう。

「祖国」という言葉を私は「心の内に秘めろ」という意味だと考えている。
祖国をぼろぼろになるまで振りかざすのをやめよう。
もったいないではないか。
祖国を愛するなら、心の内に秘めて大切にしよう。
物事を成し遂げて、やるべき仕事をして、お互いに助け合って
祖国を大切にしよう。
今の時代は誰もが外に向かって叫ぶことができる。

社会主義時代には、社会を批判し指導部の悪口を言うことには
大きな勇気が必要だった。
そのような人も少なかった。もし見つかったときの罰は重かった。
今はそのようなことに勇気を必要としない。
単にあなたの権利の問題だ。
どのように振る舞い、何を言うか言わないか、
何を行うか行なわないかはその人自身が決める。
その人がどのように生きるかはその人自身にかかっている。

我々モンゴル人の現在の苦悩は、突然ひどい社会になった
ことではなく、突然悪い議員を選んだことでもない。
この状態はいずれ改善されるだろう。
しかし、結果は現状からそれほど良くなることも悪くなることも
無いだろう。
モンゴル人の苦悩のほとんどは、人々がそれぞれ自分のことは
自分で責任を持つようになったことに原因があるからだ。
各自が少なくとも自分で責任を持ち、自分の運命は自分で
切り開くようになり、仕事、生活を自立して行なえば、
現在の苦悩のほとんどは解決される。
我々は誰かの代わりに自由になったのではない。
自分達のために自由を選択した。
しかし自由は理性を必要とする選択であり、忍耐を必要とする選択だ。

あなたがもし、ここまで私が書いたこの文章を読んだなら、
私はあなたに感謝を伝えたい。

以下に、私が政治家に、現在モンゴル国の政策を決定し、
実行することに関わっている人々に3つのことをお伝えする。
「家系を絶やそうと思えば、子供を甘やかせ。
国を絶やそうと思えば役人を甘やかせ」
という言葉がある。

1.
モンゴルの運命を決定するということは希少な幸運だ。
政府、国民のために汗をかいて働くことは、
めったに与えられない機会であり役割である。
もしあなたの行為、政策がモンゴルを害する結果をもたらすなら、
それを知った時からモンゴルの政府から去りなさい。
人には行なってはならない仕事、向いていない仕事というものがある。
私は一部の人にはこのことを話して聞かせてきた。
私自身もこの原則を常に忘れないよう気をつけている。

2.
政府の人間というものは上位の利益のために働くべきだ。
上位の利益とは、モンゴル国民の利益、モンゴル発展の利益だ。
発展はモンゴルにとって安全保障、主権、独立の裏づけだ。
これはモンゴル人全ての共通の利益だ。
そのためにこそ、政府の全ての職位の官僚は働くべきだ。
個人の利益を考えるなら、公職に就くべきではない。
我々の祖先はこのように言い残した。
我々が行なった歴史的選択(民主化)の意味もこれだ。
よい行い、よい心で人々を驚かせたマザー・テレサは
「神は私たちに奉仕を求める。誰かに大きな手柄を立てる
ことを強制しない」と言った。

3.
倫理とは、まず自分自身から始めることだ。
倫理のある人なら、暗いところでも倫理を持っている。
誰も見ていなくても倫理を持っている。
誰も見ていないところでも、大金を目の前にしても、倫理を持っている。
悪い行いは自らに返ってくる。
我々はモンゴルの良い面を見ようと思うなら、お互いの悪い
ところを見てお互いを影に日に敵対しあう必要はないのだ。
しかし、これは欠点を指摘しないでおこうという意味ではない。
我々はもっとよく話し合うべきだ。
ここにこそ、民主主義の力と強さがあるのだ。
いかなる官僚を批判してもかまわない。しかし神聖視してはならない。
民主主義を批判してもかまわない。しかし冒涜する必要はない。
開かれた社会と誹謗中傷、内部分裂、足の引っ張り合い、
間違った習慣はそれぞれ別の問題であることは、
理性のある人なら簡単に区別ができることだ。

まもなくツァガーンサルを迎えようとしている。
新年の慶びを人々はお互いに祝福しあう時が来ている。
子孫や同世代の人々に私はこのことを呼びかけて筆を置きたい。
「いかなるものごとも良い面を見なさい。
どうすればうまく行くか考えなさい。
成し遂げるために努力しなさい。」

ある有権者が私に直接投げかけた質問でこの文章を結びたい。
「こんなにも賢い国民を、こんなにも豊かな国土を、
このような状態にしたまま放置するために
私はあなたを大統領に選んだのか?」

モンゴルの孫、ツァヒアの子、エルベグドルジ
(私の父方の祖父の名前はモンゴルという)

原文はこちら



訳:プージェー藤井

民主化以降、自由=何をしても構わない(他人に迷惑をかけても)という
間違った理解がモンゴル社会に広がってしまった面があり、
大統領は自由には責任が伴うということを伝えようとしています。

また、大統領は倫理についてもふれています。
昨年秋、倫理の欠如、倫理とは何かについて
モンゴルの世論が一時沸いたときがありました。
https://www.youtube.com/watch?v=dyhN9th3CrY
日本人なら「お天道様が見ている」という感覚があるため
自分の他に誰もいなくても悪事をしないという
精神的歯止めがありますが、モンゴルでは
誰も見ていなければ・・・、警察が見ていなければ・・・
という風潮が広がってしまっていることを
大統領は嘆いているのだと思います。

長い記事でした。
最後まで読んでくださってありがとうございました。

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